「症状はだいたい良くなったし、もう薬を飲まなくていいのではないか?」
「なるべく職場で薬を飲みたくない……」
このように考えるうつ病の方は多いかもしれません。「症状が落ち着いているのに、なぜ医師は薬を飲むようにと言ってくるかわからない」という気持ちはとても理解できます。しかし、症状が落ち着いているのは単純に「薬を飲んでいるから」なのです。
速水愛さん
筆者は精神科病院の勤務経験がある薬剤師です。
薬の自己中断によって、良くなってきた症状が悪化または再発してしまうケースは、数多くみられています。
薬を勝手に止めるとどうなってしまうのか、匿名の症例とともに解説していきます。
うつ病と仕事の両立のために、薬の服用中断がNGな理由
速水愛さん
うつ病と仕事を両立するためには、なぜ薬の服用中断がNGなのか?
3つの理由をご紹介します。
症状を悪化・再発させないため
うつ病は急性期、回復期、維持期(安定期)を経て治癒に向かいます。
維持期(安定期)になると、「症状はよくなったし、仕事も忙しいから病院に通うのはやめにしよう」「仕事後に病院へ行くのはめんどくさいからもう薬は飲むのはいいかな」と感じる方も多いのではないでしょうか。論文でも、抗うつ薬服用中の患者さんは3人に1人以上もの割合で、薬の自己中断をしていることが報告されています。[1]
速水愛さん
しかし、薬を継続して飲んでいるからこそ、症状が落ち着いていることを決して忘れてはいけません。
実は薬の自己中断をした人は、再発リスクが高まります。
厚生労働省の発表によると、うつ病は症状が良くなっても60%の人が再発し、2度罹患すると再発率は70%になり、3度罹患すると再発率は90%と上がっていきます。[2]再発すればするほど病気でいる期間は長くなり、治癒が困難になっていくことがわかるでしょう。
症状が良くなっても、再発防止のために薬の服薬を続けることが大切です。
離脱症状*を防ぐため
薬をいきなり自己判断で中断してしまう場合、体が順応できず、仕事をする上でとても大きな影響を及ぼす可能性があります。
具体的には、頭痛・吐き気・耳鳴りなどの身体症状や、不眠・イライラ感・ソワソワ感などの精神症状が挙げられます。[3]
離脱症状は薬の中止後、数日以内にあらわれることが多く、長い間苦しむ人もいます。離脱症状を防ぐためにも薬は自己判断で中断せず、先生と相談しながら減薬や休薬を進めることが大切です。
他の精神疾患を誘発する可能性があるため
薬を飲むことを怠ってしまうと、うつ病から双極性障害、統合失調症など他の精神疾患を誘発する可能性があります。
他の精神疾患も罹ってしまうと、なおさら仕事を継続していくことは難しくなるでしょう。
実際に筆者が働いてきた中でも、薬を自己中断した後に別の精神疾患を発症してしまった事例がありました。
うつ病で薬を自己中断し、仕事を続けられなくなった例
速水愛さん
筆者が精神科病院で働いてきた体験をもとに、「うつ病で薬を自己中断し、仕事を続けられなくなる2つの例」をご紹介します。
*個人が特定できないよう、ぼかした表現で記載しています。
【ケース1】再就職後に薬を自己中断して再入院となった症例
速水愛さん
30代前半女性。会社員として働いていましたが、職場での異動を機にストレスが多くなってしまいました。
- 最初は過食や飲酒でストレスを発散していたが、次第に眠れない、お腹が痛い、頭の中がまとまらないなどの症状が出てくる。
- 約1か月後、激しい頭痛、まったく食べ物が食べられない・眠れない、物事の判断ができずパニック状態に。病院を受診し、緊急入院へ。
- うつ病と診断され、薬を飲み始める。
- 3週間ほどで状態が落ち着き退院へ。
- 再び職場復帰するも、「もう治ったから薬は飲まなくていいと思った」「職場の人に薬を飲んでいる所を見られたくない」などの理由により、薬を飲むのをやめてしまった。
- 約3か月後に再発し、再入院へ。
初めてうつ病になった人は、退院後も治療を続けることが非常に大切とわかります。
しっかり薬を飲み続けて根治を目指さないと、2度3度と繰り返してしまう恐れがあります。
【ケース2】薬の自己中断により別の精神疾患を誘発した症例
速水愛さん
30代後半男性。うつ病で通院しながら仕事を継続し、1年ほど薬を飲み続けていました。
- 担当医の交代をきっかけに病院受診をしなくなる。
- 手持ちの薬が底をついたこと、長期間薬を飲んで症状も安定していたことがきっかけとなり、薬を飲むことをやめてしまった。
- 約半年後、奇妙な行動や妄想、幻視などが現れパニック発作を起こして緊急入院。
- うつ病だけでなく、統合失調症も併発。
- 約1か月の入院後、うつ病と統合失調症の薬を飲みながら生活をするも、仕事は復帰できずにいる。
薬を飲むことを勝手に中断してしまうと、うつ病だけでなく、他の病気の併発というさらに悪い状態になってしまう恐れもあります。
うつ病と仕事を両立する上での悩み
速水愛さん
うつ病と仕事を両立する上で、よくある3つの悩みをまとめました。
昼間の服薬を忘れがち
1日3回飲む薬の場合、忘れがちになるのは昼間の服用です。ランチタイムが不規則で薬を飲めない、そもそも薬を携帯することを忘れる、などが理由として挙げられます。
周りの目が気になる
症状が落ち着いたから職場復帰をしているのに、まだ薬を飲んでいるの?本当に大丈夫なの?と同僚に疑いの目をかけられる可能性もあるでしょう。
そのため、職場の人が側にいると薬を飲みづらいという悩みが挙げられます。
仕事に影響を及ぼす
薬の副作用の観点から、仕事に影響が出てくる可能性があります。
たとえば、仕事で車を使う場合に薬を飲んでいるせいで頭がぼーっとする、パソコンの画面を見ていても常に眠気と戦っているなどの悩みです。
うつ病と仕事の両立を目指す5つのポイント
速水愛さん
うつ病と仕事を両立する悩みに対して、解決につながる5つのポイントをまとめました。
通院をしっかり続ける
まず、医師から薬の中止を言われるまでは、しっかり飲み続けましょう。今あなたの症状が出ていないで仕事ができているのは「治った」からではなく、あくまで「薬の服用により症状が抑えられているだけ」なのです。
自己中断する人が多い現実や再発リスク、他の精神疾患の誘発の可能性など、さまざまな悩みが起こらないようしっかり通院を続けましょう。
薬の変更を医師と相談する
仕事と両立する上で、自分に合った薬を選んで飲むことは非常に大切です。単純に自分にとって効果があるかどうかだけではなく、仕事をする上で飲みやすいものにしましょう。
たとえば、1日3回の薬服用は難しいので1日2回の薬に変更してもらう、副作用の出方が少なく仕事に影響しにくい薬に変更してもらうなど、対応していきましょう。
職場のストレスをできる限り減らす
うつ病の再発原因として、非常に多くの割合を示すのはストレスです。
ストレスを最も感じやすいのは職場の人間関係や、仕事内容についてと言われています。少しでも辛いな、負担になるな、と思うことは慎重に取り組むべきです。また信頼できる上司や同僚を見つけて、1人で抱え込まないことが大切です。
生活リズムを整える
規則正しい日常生活を送りましょう。1日3食きっちりとり、食後の薬の服用を忘れないことが大切です。また、睡眠を十分にとり、趣味などで自分なりのリフレッシュ方法を見つけておきましょう。
調子の悪いときは休むことを優先する
薬を飲んでいても、調子が悪いと思ったら無理せず仕事を休むことを優先してください。そのまま仕事を継続した場合に再発リスクも上がってしまいます。症状を悪化させないためにも、自分の体は自分で守っていきましょう。
うつ病は薬を飲みながら無理なく仕事に復帰しよう
うつ病が良くなってきたと思っても、仕事をする上で薬の服用が必要不可欠です。
せっかく症状が良くなって職場復帰をしたのであれば、できるだけ長く仕事を続けたいですよね。「症状が落ち着いたから薬を飲まなくてもいい」ではなく、「症状が落ち着いているのは、薬を飲んでいるから」と認識を改め、しっかり服用を継続していきましょう!
[1]Ai Tamaji et al. Development of clinical pharmacy services to improve drug adherence in psychiatric hospital patients. YAKUGAKU ZASSHI 2010 130(11) 1565-1572 p.1諸言10行目
[2]厚生労働省>うつ対応マニュアル>コラム・活動事例・資料編>資料1うつ病について
[3]研究分担者 吉尾隆 東邦大学薬学部臨床薬学研究室教授/向精神薬を適切に減量・中止するための薬剤師の役割に関する研究/平成31年度厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)向精神薬の適切な継続・減量・中止等の精神科薬物療法の出口戦略の実践に資する研究(19GC1012)研究分担報告書
薬剤師ライター:速水愛さん
新卒で調剤薬局勤務後、派遣薬剤師として製薬メーカーでの電話応対、大学病院での治験にも携わってきました。現在は病院勤務をしながら、ただ薬の情報提供だけでなく、病気が重くなるのを未然に防ぐためにはどうすれば良いか、を考えることをモットーに、ライター活動を行っております。
単に薬という点でなく総合的に健康を面で支えることができるよう、情報を発信していきます。
Twitter:https://twitter.com/nakaboshionna
速水さんも受講した、「医療ライターのはじめかた講座」とは?
コメント